2007年09月14日

能登・中越沖地震雑感 35

<中越沖のこと>
12日の新聞報道によると、新潟県社会福祉協議会は、2004年にも実施した「生活支援相談員」の設置を、今回の仮設住宅にも決めたそうだ。しかし、個人情報保護の壁があるのか、行政の把握している情報の共有が充分見えておらず、当の相談員が戸別訪問するにも充分なフォローができるかどうかが課題になっているらしい。

 阪神・淡路大震災でも、5年間設置された仮設住宅はもちろん、その後の災害復興公営住宅にも同支援員を派遣する制度を設けている。財源は、阪神・淡路大震災復興基金に頼っていたところがあったが、その期限が切れても一般施策として継続しているのが現状である。つまり、予期せず災害に遭い、いろいろな意味で不安な毎日を送らざるを得ない被災者に対して、マンツーマン対応に近い相談システムをつくることが重要だということの現れだと思われる。中越沖の場合は、地震発生後まだ2ヶ月しか経過しておらず、まだまだ先行きの不安を抱えておられることは容易に推測できる。それだけに、とにかくこうしたマンツーマン的な相談システムの整備が急がれる。日本の行政サービスの原則は本人申請主義のところが多いが、せめてこういうケースでは、懇切丁寧に、一人ひとりに対するセーフティネットを構築することが大切だと思う。災害後の応急対応期から、復旧・復興期に移行する「いま」、もちろんボランティアの担う分野も多々ある。専門家のみならず、一般のボランティアへの呼びかけも工夫があっていいと思われる。阪神・淡路大震災後のその後のNPOの台頭がどれほど、被災者の暮らし再建に役立っているかはすでに証明されている。

<能登のこと>
 9月20日に、能登中島で「お熊甲祭り」という年1回の、古式豊かな盛大な祭りが行われる。この祭りは、能登の他の地域にある祭りにつきものの”キリコ”とは様相が違い、キリコの代わりに最大で20bもある朱色の”旗枠”30数基と20基の神輿が並び、朝鮮半島から伝わったと云われる鉦や太鼓のリズムにのって、街中を練り歩き、クライマックスではその勇壮な旗枠と神輿が久麻加夫都阿良加志比古神社(くまかぶとあらかしひこ)に集まるというものである。普段6500人ほどの町に、この日ばかりは7000人もの人が集まるという荘厳な祭りである。”よみがえれ 能登”写真集のために、1年に一度しかないこの祭りを撮影するために19日から能登へ行く。古代からの能登の歴史が垣間見えるのではと、実は胸をときめかせながら今回の能登行きを楽しみにしている。

 ところでこれまで七尾や穴水で「まけないぞう」づくりの講習会が開かれてきた。ご存知の方もおられましょうが、「まけないぞう」というのは12年前の阪神・淡路大震災がきっかけに、被災地KOBEに生まれた、復興のシンボルグッズです。タオルを加工してぞうさんの形をした壁掛けタオルにしたものです。いつも能登に行くと宿を提供して下さる穴水町の古刹来迎寺(高野山真言宗)の住職・山下良演さんが、このまけないぞうに惚れ込んで下さり、穴水の病院や福祉施設などで教え、広めています。この20日も、私と一緒に神戸から若者が二人同行し、まけないぞうを教えます。阪神・淡路大震災から12年経って、被災者が育ててきた「まけないぞう」が、こうしてまた他の被災地に伝搬していくということを、何よりKOBEの被災者が喜んでいるでしょう。

*”よみがえれ 能登”写真集の応援をしてやろうと思われる方は、是非ご一報を!
posted by ngokobe at 12:49| 兵庫 ☀| 最近の事務所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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